貂蝉ちょうせん
月も恥じらう美貌で、暴君と猛将を仲違いさせた
人物
中国四大美女の一人に数えられる、三国志演義を代表する女性である。司徒王允の屋敷で育った歌妓で、その美しさは月が恥じて雲に隠れるほどだったという。董卓の暴政に心を痛めて夜ごと嘆く王允を見た貂蝉は、「わたしの身がお役に立つなら、どうかお使いください」と自ら申し出た。王允はまず呂布に貂蝉を娶らせると約束し、次いで董卓に献上して、二人の間に嫉妬の炎を燃え上がらせた。これが名高い連環の計である。貂蝉は呂布には「董卓に奪われた身を嘆く哀れな女」を、董卓には「呂布に言い寄られて怯える側室」を演じ分け、ついに呂布が董卓を討つに至らしめた。董卓の死後は呂布の側室となり、下邳城の落城まで付き従ったとされる。剣も兵も持たぬ一人の女性が、天下の暴君を倒した物語の主役である。
名場面
月下の誓い
夜更けの庭園で、貂蝉は香を焚いて月に祈っていた。王允がそれを見とがめると、貂蝉は「育てていただいた御恩に報いたく、日々お嘆きの大人のお力になりたいのです」と答えた。王允は涙を流して貂蝉に深々と頭を下げ、「漢の天下はそなたの肩にかかっている」と告げた。十六歳の少女が国の命運を背負うと決めた瞬間であり、連環の計はここから始まった。
鳳儀亭の涙
董卓の側室となった貂蝉は、董卓が朝議に出た隙に呂布と鳳儀亭で会った。「わたしは将軍のものと思っていましたのに、あの老人に穢されました。いっそこの池に身を投げます」と泣き崩れる貂蝉を、呂布は必死に抱きとめる。そこへ戻ってきた董卓が二人を見つけ、画戟を投げつけて呂布を追い払った。この一瞬で、養父子の絆は粉々に砕け散り、董卓の運命は決まった。
「わたしの身がお役に立つなら、どうかお使いください」
正史ではどうだった?
貂蝉は正史に登場しない架空の人物である。正史の呂布伝には、呂布が董卓の侍女と密通して発覚を恐れていたという記述があり、この名もなき侍女が後世の物語で貂蝉として膨らまされたと考えられている。元の時代の雑劇から広まり、演義で決定的な人気を得た。