三三国志 英雄図鑑
第1部 乱世の幕開け・192年

第4章連環の計、董卓の最期

王允は養女貂蝉を使って董卓と呂布を仲違いさせ、呂布の手で董卓を討たせる。

舞台:長安・鳳儀亭

長安に移った董卓の暴政は、ますます度を越していた。気に入らぬ者はその場で殺し、宴席では捕虜の手足を切り落として見せる。司徒・王允はこの国賊をどう除くかに悩み、夜ごと庭で天を仰いで嘆いていた。

ある夜、牡丹亭から女のすすり泣きが聞こえた。王允が育てた歌妓の貂蝉である。年は十六。王允が咎めると、貂蝉は言った。「大人が国を憂いて眠れぬご様子、せめてお力になれたらと思うばかりで」。王允はひざを打った。「天下を救えるのは、そなたかもしれぬ」。

王允の策はこうである。まず呂布を屋敷に招き、貂蝉を見せて妻にと約束する。次に董卓を招き、同じ貂蝉を献じて董卓のものとする。父子ふたりの間に一人の美女を置き、互いに憎み合わせる。「連環の計」である。

果たして董卓は貂蝉に溺れ、呂布は約束を反故にされて憤った。貂蝉は巧みだった。董卓の前では董卓に尽くし、呂布と二人になれば「本当は将軍のもとへ行きたかった」と涙を見せる。鳳儀亭で貂蝉を抱き寄せた呂布を、董卓が見つけた。董卓は怒り、画戟を投げつけた。呂布はかろうじて逃れたが、心に深い亀裂が走った。

王允はその傷口にそっと触れる。「将軍ほどの英雄が、一人の女のために辱めを受けるとは。それに太師は、いつ将軍の命を奪うかわかりませぬ」。呂布は拳を握った。「俺は丁原を殺して董卓の養子になった。それを殺せば、世の人は何と言う」。「将軍は呂姓、太師は董姓。父子ではござらぬ」。この一言で呂布の決心が固まった。

西暦一九二年四月、王允は「帝が董卓に位を譲る」と偽の詔を出した。董卓は喜び勇んで長安へ向かう。途中、車が壊れ馬が暴れ、不吉な兆しが重なったが、董卓は意に介さなかった。

宮門をくぐると、兵が殺到した。「反逆者を討て」。董卓は叫んだ。「わが子奉先はどこだ」。呂布が進み出て言った。「詔により、賊を討つ」。方天画戟が董卓の喉を貫いた。漢の都を思うままにした暴君は、こうしてあっけなく倒れた。死体は市にさらされ、臍に灯芯を立てると脂が流れて数日燃え続けたという。民は踊り、長安は歓声に沸いた。

だが喜びは長く続かなかった。董卓の部下・李傕らが赦免を請うたが、王允は「国賊の残党は許さぬ」と拒んだ。進退に窮した李傕らに、軍師の賈詡が囁いた。「どうせ死ぬなら、兵を集めて長安を攻めよ。勝てば天下、負けたら逃げればよい」。李傕らは十万の兵で長安を囲み、王允は殺され、呂布は数百騎で逃げた。献帝はふたたび暴臣の手の中に落ちる。貂蝉の運命は、呂布の妻として下邳へ続いていく。

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