三国志 年表
168年から280年まで。色は主役の勢力。出来事から、その章へ飛べる。
- 168年
霊帝が即位する
わずか十二歳の劉宏が後漢の皇帝となる。実権は外戚と宦官が握り、朝廷の腐敗が進んでいく。乱世の芽はここに生まれた。
- 175年
曹操、洛陽北部尉として出仕
二十歳の曹操が都の警察長官格に任官。権力者の縁者であろうと法を破れば棒で打ち殺し、その厳格さで早くも名を知られる。
- 184年
- 184年
- 184年
- 189年
- 189年
- 189年
- 190年
- 190年
- 190年
- 191年
- 191年
- 192年
- 192年
- 192年
- 193年
- 194年
- 194年
- 195年
- 195年
- 196年
- 196年
屯田制の開始
棗祗・韓浩の献策で、曹操が許の周辺に屯田を始める。流民に土地と農具を与えて耕させ、初年度から大量の穀物を得て兵糧問題を解決した。
- 196年
- 197年
宛城の戦い、典韋が戦死
一度降伏した張繡が賈詡の計で夜襲をかける。曹操は長男の曹昂と甥の曹安民を失い、護衛の典韋は門を守って壮絶な最期を遂げた。
- 197年
袁術が皇帝を称する
伝国の玉璽を手にした袁術が寿春で帝位につき、国号を仲とする。しかし諸侯の総反発を招き、わずか二年で破滅へ向かった。
- 198年
- 199年
袁術が病死する
諸侯に見放され兵糧も尽きた袁術は、袁紹を頼る途中で劉備軍に阻まれ、蜂蜜入りの水を求めて得られぬまま血を吐いて死んだと伝わる。
- 199年
- 200年
- 200年
- 200年
- 200年
- 200年
孫策が急死し、孫権が跡を継ぐ
江東を平定した孫策が狩りの最中に刺客に襲われ、二十六歳で死去。弟の孫権が十九歳で跡を継ぎ、張昭と周瑜が支えた。
- 202年
- 207年
- 207年
- 208年
- 208年
- 208年
- 208年
- 210年
- 211年
- 211年
- 214年
- 215年
合肥の戦い、張遼の奮戦
孫権が十万の大軍で合肥を攻めるが、張遼は八百の兵で奇襲をかけて呉軍を圧倒。逍遥津で孫権を追い詰め、江東の子どもが泣きやむほど恐れられた。
- 215年
曹操が漢中の張魯を降す
五斗米道の教主・張魯が支配する漢中に曹操が侵攻し、張魯は降伏。蜀の北の玄関口が曹操の手に落ち、劉備は大きな脅威を抱えた。
- 219年
- 219年
- 219年
- 219年
- 220年
- 220年
- 220年
九品官人法が定められる
陳羣の献策で、人物を九等級に評価して官職に就ける制度が始まる。後に名門の子弟が上位を独占し、貴族社会を生む土台となった。
- 221年
- 221年
- 222年
- 222年
- 223年
- 225年
- 227年
- 228年
- 229年
孫権が皇帝に即位する
孫権が武昌で帝位につき、国号を呉とする。これで魏・蜀・呉の三人の皇帝が並び立ち、文字通りの三国時代が完成した。
- 231年
- 234年
- 239年
- 249年
- 251年
- 252年
孫権が死去する
呉の初代皇帝・孫権が七十一歳で没する。晩年は後継者争いで国を乱したため、幼い孫亮が継いだ呉は重臣同士の抗争に苦しむ。
- 253年
- 260年
魏の皇帝・曹髦が殺される
司馬昭の専横に耐えかねた曹髦が自ら兵を率いて討とうとするが、司馬昭の部下に殺害される。「司馬昭の心は路傍の人も知る」の言葉が残る。
- 263年
- 264年
- 265年
- 280年