三三国志 英雄図鑑
第4部 諸葛亮の北伐・225年

第24章南蛮平定:七縦七擒

南方の反乱を鎮めるため諸葛亮は自ら瀘水を渡る。王・孟獲を七度捕らえて七度放ち、心を服させた。

舞台:瀘水・南中・銀坑洞・盤蛇谷

劉備の死から二年。南方の蛮族の王・孟獲が蜀に反旗を翻した。益州の南、山と川に囲まれた南中の地は、毒の霧が立ち、瘴気が兵を蝕む険しい土地である。諸葛亮は自ら出陣を決めた。見送りに来た参軍・馬謖が進言する。「南の民は力で押さえても、丞相が北へ向かえばまた背きます。城を攻めるは下、心を攻めるは上。彼らの心を服させてこそ、本当の平定です」。諸葛亮は深くうなずいた。

趙雲と魏延を両翼に、馬岱と王平を従えて大軍は瀘水へ向かう。孟獲は堂々たる体躯の豪傑で、部族の信望が厚かった。初戦で魏延が孟獲を生け捕ると、諸葛亮は彼に蜀の陣容を見せて尋ねた。「どうだ、降るか」。「わしは山道で足を取られただけだ。もう一度戦えば負けん」。諸葛亮は笑い、縄を解いて帰した。「二度目を楽しみにしておる」。

二度目、三度目と孟獲は捕らえられ、そのたびに放たれた。自分の部下に縛られて連れてこられたこともあれば、弟に裏切られたこともある。それでも孟獲は「今回は運が悪かった」と言い張った。諸葛亮はときに毒の泉を迂回し、ときに木の人形と火薬で象や猛獣の軍を追い払った。孟獲の妻・祝融夫人は火の神の子孫を名乗り、飛刀を自在に操って蜀の将を次々と捕らえたが、彼女もまた馬岱の計略で捕らえられた。

六度目に敗れた孟獲は、最後の頼みとして烏戈国の藤甲兵を呼んだ。油で煮固めた藤の鎧は刀も矢も通さず、川を渡れば浮き袋になる。蜀軍は歯が立たなかった。諸葛亮は彼らを狭い谷へ誘い込み、火を放った。藤の鎧は油を含んでいる。谷は炎と悲鳴で満ちた。諸葛亮は涙を流して言った。「わしは国に功を立てたが、きっと寿命を縮めたであろう」。

七度目に捕らえられた孟獲は、諸葛亮が「また放してやる」と言うのを聞くと、地に膝をついて泣いた。「七度捕らえて七度放つなど、いにしえにも聞いたことがない。われら南人、二度と背きません」。諸葛亮は南中に蜀の役人を置かず、孟獲たちにそのまま土地を治めさせた。帰路、瀘水に荒れ狂う霊を鎮めるため、人の首の代わりに小麦の皮で肉を包んだものを供えた。これが饅頭の始まりだと伝わる。南の憂いを断った諸葛亮の目は、次に北を見据えていた。

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