三三国志 英雄図鑑
蜀蜀の平北将軍

馬岱ばたい

孔明の最後の策を果たした、信頼の名脇役

生没年不詳#西涼#魏延討伐#堅実#名脇役
統率武力知力政治魅力7480605066

人物

馬騰の甥で、馬超の従弟。馬騰が曹操に殺されたとき、ただ一人変装して許都を脱出し、馬超のもとへ急を告げた。以後、馬超の片腕として潼関で戦い、張魯のもとを経て劉備に従う。目立たないが堅実で、諸葛亮からは「決して裏切らない男」として信頼された。南蛮征伐では孟獲を二度捕らえ、北伐では常に遊撃を担う。そして諸葛亮の死後、最大の役目が回ってくる。反乱を起こした魏延に味方するふりをして背後に付き従い、魏延が「誰か我を殺す者ありや」と叫んだ瞬間、「ここにあり」と斬り捨てたのだ。諸葛亮が錦嚢に残した最後の策を、寸分違わず実行した。派手な武勇談はないが、蜀の軍を陰から支えた、信頼の名脇役である。

名場面

1

許都からの脱出

馬騰が曹操の罠にかかって捕らえられたとき、馬岱は陣の外にいた。一族は皆殺しにされ、馬岱は商人に化けてただ一人許都を脱け出す。何日も昼夜を問わず駆け、西涼にたどり着いて馬超に父と弟たちの死を告げた。馬超は気を失い、目を覚ますと血涙を流して挙兵を決めた。潼関の戦いはここから始まる。

2

孟獲を二度捕らえる

南蛮征伐で、馬岱は諸葛亮の指示で孟獲の退路に伏兵を置いた。孟獲が味方の王に裏切られて縛られて来たとき、それを受け取ったのは馬岱である。別の戦いでは、酔って眠る孟獲の陣へ忍び込み、縛り上げて連れ帰った。七たび捕らえられた孟獲のうち二度は馬岱の手柄で、諸葛亮は「確実に仕事をする男だ」と誉めた。

3

誰か我を殺す者ありや

諸葛亮の死後、魏延が退却に逆らって挙兵すると、馬岱は魏延に味方するふりをして従った。南鄭で楊儀が「三度叫べたら漢中をやろう」と挑発し、魏延が「誰か我を殺す者ありや」と叫ぶ。その声が終わらぬうちに、馬岱は背後から「ここにあり」と一喝して斬り捨てた。丞相の遺した錦嚢の策が、ここに成った。

「ここにあり」(魏延の叫びに答えて斬り捨てたときの一声)

馬岱

正史ではどうだった?

正史の馬岱は馬超の従弟で、馬超とともに劉備に仕え、魏延を討ち取った功績も記録されている。ただし経歴の詳細はほとんど残っておらず、許都からの脱出や南蛮での活躍は演義の脚色。その後、平北将軍・陳倉侯となり、二三五年に魏の牛金と戦って敗れたことが見える。