三三国志 英雄図鑑
蜀蜀の五虎大将筆頭

関羽かんう 字・雲長

義を貫いて神になった、美髯の武神

?〜219年#五虎大将#義#桃園の義兄弟#関帝
統率武力知力政治魅力9597756293

人物

河東解県の人。故郷で悪人を斬って流浪の身となり、涿県で劉備・張飛と出会って桃園の義兄弟となった。長い髭を美しくなびかせ、青龍偃月刀を振るい、赤兎馬を駆る姿はまさに武神そのもの。反董卓連合では酒が冷めぬ間に華雄を斬り、官渡では袁紹の猛将顔良・文醜を討ち取って天下に名を轟かせた。一時曹操に降ったが、劉備の居所を知ると恩賞をすべて置いて五関を突破し、千里を駆けて義兄のもとへ帰る。その義理堅さは敵味方を問わず尊敬された。のち荊州を守り、樊城を攻めて于禁を降し曹操を震え上がらせたが、背後を呂蒙に衝かれて麦城に追い込まれ、呉に捕らえられて最期を遂げた。死後は神として祀られ、今も関帝として信仰を集める。

名場面

1

温酒斬華雄

虎牢関を前に、董卓軍の華雄が連合軍の武将を次々と斬り、諸侯は青ざめていた。そこへ名もない弓手の関羽が名乗り出る。曹操が景気づけに熱い酒を注いだが、関羽は「戻ってから飲む」と言い残して馬を飛ばした。ほどなく陣に戻った関羽が華雄の首を投げ出したとき、酒はまだ温かかったという。

2

千里行、五関六将を斬る

曹操のもとにいた関羽は、劉備が袁紹のもとにいると知ると、曹操から受けた金銀をすべて封じ、二人の夫人を護って旅立った。通行手形がないため、東嶺関・洛陽・汜水関・滎陽・黄河の渡しで、五つの関所の六人の守将を斬って突破する。曹操はこれを追わせず、「義の人だ」と見送った。

3

華容道の恩返し

赤壁で大敗した曹操が、わずかな兵で華容道へ逃げ込んだとき、待ち受けていたのは関羽だった。曹操は昔の恩を説き、関羽は深く悩む。諸葛亮に軍令状まで書いていたが、かつての厚遇と五関で見逃してくれた恩を思い、ついに道を開けた。義のためなら命も惜しまない、関羽の人柄が凝縮された場面だ。

4

刮骨療毒

樊城攻めで右腕に毒矢を受けた関羽のもとへ、名医華佗が訪れた。骨まで達した毒を削り取るしかないという。関羽は酒を飲み、馬良と碁を打ちながら腕を差し出した。刀が骨を削る音が響き、血が盆に溢れても、顔色一つ変えず談笑を続けた。居並ぶ者はみな顔を覆ったが、華佗は「将軍は天人だ」と感嘆した。

「玉は砕けても白さは変わらず、竹は焼けても節は残る。身は死すとも名は青史に留まらん」

関羽

正史ではどうだった?

顔良を斬ったこと、曹操から離れて劉備のもとへ戻ったこと、樊城で于禁を降したことは正史にもある。ただし華雄を斬ったのは孫堅で、五関六将や華容道は創作。正史には高慢で部下に厳しかったとも記され、それが荊州失陥の一因とされる。