三三国志 英雄図鑑
第3部 赤壁と三国鼎立・211〜214年

第19章劉備の入蜀と龐統の死

劉璋の招きで益州に入った劉備。龐統は落鳳坡に散り、張飛は厳顔を義で降して成都を目指す。

舞台:涪城・落鳳坡・巴郡・成都

荊州を手に入れた劉備が次に望んだのは、天府の国と呼ばれる益州であった。益州の主・劉璋は漢室の血を引くが、気弱で決断に欠けた。漢中の張魯が攻め込むと聞くと、劉璋は同じ漢室の劉備に助けを求める。使者となった張松と、劉璋に失望していた参謀・法正は、ひそかに益州の地図を劉備に差し出した。「わが主は暗愚、公こそ益州を治めるべき御方」。

劉備は軍師・龐統、臥龍と並び称された鳳雛を連れ、涪城で劉璋と対面した。龐統は「宴の席で劉璋を捕えれば一日で片がつきます」と勧めたが、劉備は首を振る。「人の国に入って、その主を害するなど、信義にもとる」。劉備は劉璋と酒を酌み交わし、北の葭萌関へ向かった。だがやがて張松の内通が露見して処刑され、劉備と劉璋は敵同士となる。

龐統は進軍を急ぎ、雒城へ向かう細い山道に兵を進めた。このとき劉備は、龐統の馬が暴れたのを見て自分の白馬・的盧を貸し与えた。「落鳳坡」。その地名を聞いた龐統はひるんだが、時すでに遅い。山上から矢が雨と降った。「白馬の男が劉備だ」と、敵将・張任は狙いを定めていたのである。龐統は三十六歳で命を落とした。臥龍と鳳雛、どちらか一人を得れば天下を取れると言われた、その鳳雛が折れたのだ。

悲報を受けた諸葛亮は、関羽に荊州を託し、張飛・趙雲とともに益州へ急行する。張飛は巴郡で老将・厳顔に行く手を阻まれた。厳顔は知勇を兼ね備えた益州の将で、張飛を誘い出して捕らえようとしたが、張飛は影武者を使って逆に厳顔を生け捕りにする。「なぜ降らぬ」「わが郡に断頭将軍はあっても、降将軍はおらぬ」。張飛はその気骨に打たれ、自ら縄を解いて上座に据えた。厳顔は感激して降り、以後の関所を次々と説き伏せて開かせる。荒くれ者の張飛が見せた、一世一代の義の計らいであった。

雒城を落とした劉備軍は成都に迫った。このころ、曹操に敗れて放浪していた馬超が劉備の下に加わり、成都の城下に銀の鎧を輝かせる。「錦馬超まで敵に回ったか」。劉璋は民を苦しめることを嫌い、城門を開いた。建安十九年、劉備はついに成都に入る。諸葛亮が隆中で描いた「荊州と益州を併せ持つ」構想は、ここに形となった。

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