三三国志 英雄図鑑
第2部 群雄割拠・198年

第8章下邳の戦い:呂布の最期

徐州を奪った呂布を曹操と劉備が下邳に包囲。水攻めの末、呂布は白門楼で処刑される。

舞台:下邳・白門楼・小沛

劉備に養われた呂布は、恩を仇で返した。劉備が袁術と戦っている隙に下邳の城を奪い、劉備の妻子を人質にしたのである。帰る城を失った劉備は、逆に呂布から小沛をあてがわれる屈辱を味わった。張飛は歯ぎしりしたが、劉備は耐えた。

呂布は武勇こそ天下一だが、見識が浅く、気まぐれであった。軍師・陳宮の献策をたびたび退け、妻の言葉で軍令を変える。西暦一九八年、ついに曹操が大軍を率いて徐州に攻め込み、劉備もこれに合流する。呂布は小沛の劉備を追い払い、下邳へ退いた。

下邳は泗水と沂水に挟まれた堅城である。曹操は攻めあぐね、兵は疲れ、撤退も考え始めた。そのとき軍師の荀攸と郭嘉が進言する。「二つの川を堰き止め、水を城に向けなされ」。堤が切られ、下邳の城は湖の中の孤島となった。

城内で呂布は酒に溺れていた。陳宮は「城外に出て曹操の糧道を断ち、内と外で挟み撃ちに」と進言したが、呂布は妻の涙に引かれて動かない。やがて呂布は酒を禁じたが、禁を破った部下を鞭で打ち、その恨みを買った。部下の侯成らは呂布が眠っている隙に赤兎馬を盗み、呂布本人を縛り上げて曹操に差し出した。

白門楼。縛られた呂布は曹操の前に引き据えられた。「縄がきつい、少し緩めてくれ」。曹操は冷たく答える。「虎を縛るのに緩めてどうする」。呂布は媚びるように言った。「明公が歩兵を率い、この呂布が騎兵を率いれば、天下は定まりましょう」。曹操は心が動いた。隣の劉備を振り返る。「玄徳殿、いかが思われる」。

劉備は静かに言った。「公は、丁原と董卓のことをお忘れか」。呂布は目を剥いて叫んだ。「この大耳の子め、お前がいちばん信用ならん」。曹操はうなずき、呂布は縊り殺された。天下無双の武人の、あっけない最期であった。

陳宮は違った。曹操がかつての恩人に「公台、お前はどうだ」と声をかけると、陳宮は答えた。「臣として忠ならず、子として孝ならず。死ぬのみ」。曹操は「お前の母や妻子はどうなる」と引き止めたが、陳宮は振り返らずに刑場へ歩いた。曹操は涙を流し、陳宮の家族を生涯養ったという。

陥陣営と恐れられた高順もまた一言も発せず首を落とされた。だが張遼は違った。縛られたまま曹操を罵る張遼に曹操が剣を抜くと、劉備が腕を押さえ、関羽がひざまずいて言った。「この人は忠義の士。どうかお助けを」。曹操は自ら縄を解き、自分の衣を着せた。張遼はこの恩に感じ、以後、曹操の五本の指に入る名将となる。

呂布の妻子と貂蝉は曹操の許へ送られた。劉備もまた妻子を取り戻し、曹操と共に許へ向かう。だが曹操のもとにいる以上、劉備は客人であり、同時に囚われの身であった。

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