三三国志 英雄図鑑
第2部 群雄割拠・200年

第11章関羽千里行:五関六将を斬る

劉備の居場所を知った関羽は曹操のもとを去り、五つの関所で六人の将を斬って兄のもとへ向かう。

舞台:許・洛陽・汜水関・古城

時を少し戻そう。曹操に降った関羽は、はじめに三つの条件を示していた。「降るのは漢の帝に対してであり、曹操に対してではない。二人の夫人を守り、俸禄も劉備のものとして扱う。兄の居場所がわかれば、たとえ千里でも去る」。張遼がこれを伝えると、曹操は笑って「これらを許せば、使えぬではないか」と言いつつも、関羽の義に惚れ、条件を呑んだ。

曹操は三日に小宴、五日に大宴と関羽をもてなし、金銀や美女を贈ったが、関羽は美女を夫人の侍女にし、金銀は夫人に預けた。曹操が新しい錦の戦袍を贈ると、関羽はそれを下に着て、古い袍を上に重ねた。「兄からいただいた袍を忘れたくありません」。曹操は嘆息した。

顔良・文醜を斬り、恩を返したと感じたころ、関羽のもとに一通の手紙が届いた。劉備が袁紹の陣にいる。関羽はすぐに曹操に別れを告げに行ったが、曹操は門に「面会謝絶」の札を掛けて会わない。関羽は印綬を箱に収め、賜った金銀をすべて残し、手紙を置いて、二人の夫人を車に乗せて北へ向かった。

曹操の部下たちは「追って斬るべし」と叫んだが、曹操は首を振った。「来るときも去るときも筋を通す。これぞ真の丈夫だ。見習うべきである」。そして自ら追いついて、錦袍と路銀を贈った。関羽は馬上から青龍刀の先で袍を受け取り、礼を述べて去った。曹操の心に、この男への敬意だけが残った。

だが関羽は通行の手形を持たない。最初の関所・東嶺関で孔秀が行く手を遮り、関羽は一刀でこれを斬る。洛陽では韓福と孟坦が謀って矢を放ち、関羽の腕に当てたが、関羽はひるまず二人を斬った。汜水関では卞喜が寺に伏兵を潜ませたが、同郷の僧・普浄が合図で知らせ、関羽は卞喜を斬る。滎陽では王植が夜中に宿を焼こうとしたが、密告で逃れ、追ってきた王植を斬った。

最後は黄河の渡し。秦琪が「丞相の手形がなければ通さぬ」と立ちはだかった。関羽は言った。「私が斬ってきた者たちを知っているか」。秦琪が「知らぬ」と答えたのが、最後の言葉となった。五つの関所、六人の将。これが「五関斬六将」である。

途中、関羽は黄色い顔に蓬髪の大男と出会った。周倉である。関羽の義を慕い、以後は青龍刀を捧げ持って生涯付き従った。また関定という老人の家で、その子・関平を養子に迎えた。関羽の一行は、少しずつ増えていく。

古城では、張飛が待ち受けていた。だが張飛は関羽を見るなり蛇矛を突きつけた。「曹操に仕えた裏切り者め」。誤解を解くため、ちょうど追ってきた曹操の将・蔡陽を、関羽は太鼓一打ちのうちに斬った。張飛は涙を流して兄にひれ伏した。やがて劉備も合流し、袁紹の陣を離れた趙雲も駆けつける。桃園の三兄弟は、ふたたび一つになった。

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