黄忠こうちゅう 字・漢升
定軍山で夏侯淵を斬った、不屈の老将
人物
南陽の人。はじめ劉表の配下として長沙に仕えた。すでに六十を越える老将だったが、二石の強弓を引き、百発百中の腕前を誇る。関羽が長沙を攻めた折、三日にわたって戦っても勝負がつかず、関羽は馬が転んだ黄忠を見逃し、翌日黄忠は矢を外して恩を返した。その義理を疑った太守韓玄に斬られそうになったところを魏延に救われ、劉備に降る。入蜀では七十に近い身で先鋒を務め、漢中の定軍山では法正の策に従い、山上から一気に駆け下りて曹操軍の総大将夏侯淵を一刀のもとに斬り捨てた。この武功で五虎大将の一人となる。夷陵の戦いにも従軍し、「老いぼれ」と言われたことに奮起して敵中へ突っ込み、矢を受けて世を去った。
名場面
長沙、関羽との三日間
関羽が長沙を攻めると、老将黄忠が迎え撃った。一日目は百合を越えて互角。二日目、黄忠の馬が足をすべらせて転び、関羽は「馬を替えて来い」と見逃した。三日目、黄忠は弓を取りながら二度わざと空弦を鳴らし、三度目に関羽の兜の飾りだけを射抜いた。殺せたのに殺さない、義と義のぶつかり合いだった。
定軍山の一撃
漢中の定軍山で夏侯淵と対峙した黄忠は、法正の策に従って敵陣を見下ろす山の頂を占拠した。法正が白旗を振る間は動かず、夏侯淵の兵が疲れて座り込んだころ、赤旗が揚がる。黄忠は太鼓と鬨の声とともに一気に山を駆け下り、立ち上がる暇もない夏侯淵を、馬ごと斬り伏せた。曹操は震え上がった。
老いぼれと呼ばれて
夷陵の戦いの陣中、劉備が「老将はもう役に立たぬ」と漏らしたと聞いた黄忠は、七十五歳の身で数騎を率いて出撃した。呉将を討ち取って気を吐いたが、深追いして伏兵に遭い、肩に矢を受ける。陣に戻ると劉備が駆けつけ、「将軍を傷つけたのは朕だ」と涙した。黄忠はその夜、静かに息を引き取った。
「老いてなお、この弓は二石を引く。若造どもには負けぬ」
正史ではどうだった?
正史でも定軍山で夏侯淵を斬った武功は確かで、「勇毅、三軍に冠たり」と称えられた。ただし関羽との一騎打ちは創作で、長沙は戦わずして降伏している。また夷陵の戦いの前、二二〇年に病死しており、老将の奮戦は演義の脚色である。