三三国志 英雄図鑑
第3部 赤壁と三国鼎立・207年

第13章三顧の礼:臥龍、山を出る

徐庶を失った劉備は、水鏡先生の言葉を頼りに隆中へ。三度目の訪問で、ついに諸葛亮を迎える。

舞台:新野・隆中・襄陽

荊州の新野で、劉備は小さな城を預かっていた。年は四十六。関羽・張飛・趙雲という豪傑を従えながら、頼れる軍師がいない。それが弱みであった。

ある日、劉備は襄陽の宴で命を狙われ、的盧という馬で檀渓の川を飛び越えて逃げた。その先で出会った隠者・水鏡先生は言う。「伏龍か鳳雛、どちらか一人を得れば天下は安んじられる」。それが誰かは、笑って教えない。

新野に帰る途中、劉備は歌を口ずさむ奇妙な男と出会う。単福と名乗るこの男こそ、潁川の徐庶であった。劉備は彼を軍師に迎え、徐庶は新野に攻め寄せた曹仁の八門金鎖の陣をたちまち破る。曹操は驚き、軍師・程昱の策で徐庶の老母を許に連れ去り、偽の手紙で徐庶を呼び寄せた。

徐庶は泣いて劉備に暇を乞うた。別れの道で、徐庶は馬を返して言った。「隆中に臥龍と呼ばれる男がおります。諸葛亮、字は孔明。私などとは比べものになりません。この人を得れば、周の太公望、漢の張良にも等しい」。徐庶は許に着くと母に「劉備のような主を捨てたのか」と叱られ、母は自ら命を絶った。

劉備は関羽・張飛を連れて、隆中へ向かった。一度目、童子が「先生は旅に出ています」と答えた。二度目は雪の日。弟の諸葛均しかおらず、劉備は手紙を残して帰った。張飛は腹を立てた。「田舎の学者ごときに、兄者が三度も頭を下げることはない。俺が縄で縛って連れてくる」。劉備は叱った。「周の文王は太公望を迎えに自ら行ったのだぞ」。

三度目、春。劉備は三日間身を清めてから出かけた。草廬の前で童子が「先生は昼寝中です」と言う。劉備は階段の下に立ち、半日待った。張飛が「裏から火をつけてやる」と言うのを関羽が止めた。やがて孔明は目覚め、詩を吟じて起きた。「大夢誰か先に覚む、平生われ自ら知る。草堂春睡足り、窓外日遅々たり」。

二人は向かい合った。孔明は二十七歳、身の丈八尺、羽扇を手に綸巾をかぶり、仙人のような姿であった。劉備が天下の形勢を問うと、孔明は一幅の地図を広げた。「曹操は百万の兵を擁し天子を奉じている。これとは争えません。孫権は江東に三代、これは味方にすべき相手。将軍は荊州と益州を取り、天下を三分して、時が来れば二方面から中原を攻めるのです」。

天下三分の計。劉備は「茅屋を出ずして天下を三分す」と讃えた。しかし孔明は「私は晴耕雨読の暮らしが好きで、世に出る気はありません」と固辞する。劉備は涙を流して言った。「先生が出てくださらねば、天下の民はどうなるのですか」。孔明は心を動かされた。「将軍のご厚意を受け、犬馬の労を取らせていただきます」。

孔明は弟に言い残した。「私は劉皇叔の三顧の恩に報いるため山を出る。功成ったらまた戻ってくる」。しかし彼が隆中に帰ることは、二度となかった。関羽と張飛は、劉備が孔明に夢中なのを見て不満を漏らしたが、劉備は言った。「私が孔明を得たのは、魚が水を得たようなものだ」。水魚の交わりである。

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