三三国志 英雄図鑑
群雄南蛮王

孟獲もうかく

七たび捕らえられ、ついに心から服した南蛮の王

生没年不詳#南蛮王#七縦七擒#諸葛亮の南征
統率武力知力政治魅力7588454075

人物

益州南部に住む諸民族を束ねた南蛮の王で、諸葛亮の南征における最大の敵である。劉備の死後、蜀の国力が揺らいだ隙をついて南中の豪族を誘って反乱を起こし、諸葛亮は北伐の前に背後を固めるため自ら出陣した。勇猛で信望は厚かったが、知略では諸葛亮に遠く及ばなかった。馬謖の「心を攻めるを上とし、城を攻めるを下とす」という進言を容れた諸葛亮は、孟獲を捕らえるたびに「服するか」と問い、孟獲が「騙し討ちだ、服さぬ」と答えると、そのまま放った。藤甲軍、猛獣部隊、妻の祝融の飛刀と、手を替え品を替えて挑み、そのたびに捕らえられた。七度目、ついに孟獲は涙を流して「丞相の威は天のごとし。南人は二度と背きませぬ」と心から降った。諸葛亮は南中の統治を孟獲ら現地の者に任せ、兵を置かずに引き揚げた。

名場面

1

七縦七擒

最初に捕らえられた孟獲は「山道で足を滑らせただけだ。服するものか」と言い放ち、諸葛亮は笑って縄を解いた。二度目は部下の裏切り、三度目は弟の酔い、四度目は川の流れのせい。孟獲は捕まるたびに言い訳を重ね、諸葛亮は毎回放った。七度目に捕らえられ、また放たれようとしたとき、孟獲は進み出て地に伏した。「七たび捕らえて七たび放つなど、古今に聞いたことがない。わたしに礼の心がないわけではない」。

2

藤甲軍と盤蛇谷

六度目の敗北の後、孟獲は烏戈国の兀突骨を頼った。兀突骨の軍は油に漬けた藤で編んだ鎧をまとい、刀も矢も通さず、川も浮いて渡る無敵の軍団であった。蜀軍は連敗し、諸葛亮は盤蛇谷に藤甲軍を誘い込んで火攻めにする。油を含んだ鎧は燃え上がり、三万の藤甲兵は一人残らず焼け死んだ。谷を見下ろした諸葛亮は涙を流し、「わたしは社稷に功を立てたが、必ずや寿命を縮めるだろう」とつぶやいた。南征で最も凄惨な場面である。

「丞相の威は天のごとし。南人は二度と背きませぬ」

孟獲

正史ではどうだった?

孟獲は正史の本文には登場せず、注に引かれる漢晋春秋に、諸葛亮が七たび捕らえて七たび放ち、孟獲が「南人は二度と背かぬ」と誓ったという話が載る。反乱を起こした孟獲は漢人とも夷人とも言われ、蛮族の王という描き方は演義のものである。藤甲軍や祝融夫人などは演義の創作である。