三三国志 英雄図鑑
第3部 赤壁と三国鼎立・208年

第15章赤壁への道:舌戦と同盟

魯粛と共に江東へ渡った孔明は、群儒を論破し孫権を説き、周瑜を怒らせて孫劉同盟を結ぶ。

舞台:柴桑・江夏

荊州の水軍を手に入れた曹操は、八十三万と号する大軍を長江に浮かべ、孫権に手紙を送った。「水軍八十万を率い、将軍と呉の地で狩りを楽しみたい」。脅しである。江東の柴桑では連日の評議が続いていた。

そこへ江夏から魯粛が戻った。劉表の弔問を名目に劉備の陣を訪れ、孔明を連れて帰ってきたのである。魯粛は実直な男だが、「曹操に降ってはならぬ」という信念は誰よりも固い。「われら臣下は降っても官位は保てる。だが主君はどこに行けばよいのか」。この一言が、後に孫権の心を揺さぶる。

孔明はまず、孫権の文官たちと対面した。筆頭は張昭。孫策の遺言で孫権を支えてきた重鎮で、降伏論の中心だ。「劉備は孔明を得て魚が水を得たようだと聞くが、曹操に追われて逃げてばかりではないか」。孔明は涼しい顔で答える。「大鵬の志を小鳥が知ろうか。劉皇叔は民を捨てずに敗れたのだ。負け方にも義がある」。続く七人の論客も、孔明は次々に論破した。「舌戦群儒」である。

孫権との対面。孔明は孫権の顔を見て、「この人は褒めては動かぬ。煽るべし」と見た。「曹操の兵は百万、将は千人。戦えぬのなら、早く降伏なさるがよい」。孫権が色をなして「では劉備はなぜ降らぬ」と問うと、孔明は言った。「皇叔は漢室の末裔、天下の英雄。たとえ敗れても天命に従うまで。どうして人の下に膝を屈しましょう」。孫権は席を蹴って奥へ入った。

だが魯粛が追いかけ、先の言葉を伝えると、孫権は孔明を呼び戻した。孔明は説く。「曹操の兵は遠征で疲れ、北の兵は水に慣れず、荊州の兵は心から従っていません。将軍と皇叔が力を合わせれば、曹操は必ず破れます」。孫権の心は八分がた決まった。残る二分は、一人の男にかかる。

周瑜である。鄱陽湖から呼び戻された呉の大都督は、文官にも武官にも調子を合わせて真意を見せない。夜、孔明が魯粛と訪ねてくると、周瑜は「曹操に降るのが上策」とうそぶいた。孔明は羽扇を揺らして言った。「簡単です。曹操が欲しがる二人の女を船で送れば、百万の兵は退くでしょう」。

「その二人とは」。「江東の喬公の娘、大喬と小喬。曹操は銅雀台を築き、二人を迎えて老いを楽しむと詩に詠んでおります」。孔明は朗々とその賦を吟じた。周瑜は顔色を変えて立ち上がった。「老賊め。大喬は亡き孫策殿の妻、小喬はわが妻だ」。孔明は驚いたふりで詫びた。周瑜は言った。「わしは曹操と不倶戴天だ。明日、主君の前で戦を決める」。

翌朝、周瑜は孫権の前で曹操軍の弱点を数え上げ、「五万の兵があれば必ず破ります」と言い切った。孫権は剣を抜き、目の前の机の角を斬り落とした。「これより降伏を口にする者は、この机と同じだ」。そして剣を周瑜に授け、大都督に任じた。孫劉同盟、ここに成った。

だが周瑜は孔明の才を見て思った。「この男を生かしておけば、江東の災いになる」。同盟の裏で、もう一つの知略戦が始まっていた。赤壁の戦いは、目前であった。

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