第2章何進の死と董卓の入京
霊帝の死後、大将軍何進は宦官に殺され、都に入った董卓が帝を廃して専横を始める。
黄巾の乱から五年、西暦一八九年。霊帝が崩御すると、宮中の権力争いは一気に火を噴いた。皇后の兄で大将軍の何進は、もとは肉屋の出。妹が皇后となったことで成り上がった男である。彼は甥の劉弁を帝位に就けたが、宮中に根を張る十人の宦官、いわゆる十常侍が目の上のこぶであった。
「宦官を根こそぎ誅すべきです」。そう進言したのが、名門袁家の御曹司・袁紹である。しかし何進は決断できず、袁紹の勧めで地方の軍閥を都へ呼び寄せることにした。この時、若き曹操が冷ややかに言った。「宦官を除くなら獄吏一人で足りる。外の兵を呼べば、事は必ず漏れて乱れますぞ」。だが何進は聞かなかった。
呼ばれた中に、西涼の董卓がいた。肥え太った巨体に残忍な目。羌族との戦いで鍛えた精兵を率い、董卓は「これぞ天の与えた好機」とばかりに洛陽へ向かう。
その間に、都では悲劇が進んでいた。十常侍は何進の謀を察し、皇太后の名で何進を宮中に呼び出す。「宮中に入ってはなりません」と袁紹も曹操も止めたが、何進は「宦官ごときが何をできる」と笑って門をくぐった。そして嘉徳殿の前で、待ち伏せた刃に首を落とされる。
何進の首が門の外に投げ出されると、袁紹と曹操は兵を率いて宮中へなだれ込んだ。「宦官はひとり残らず斬れ」。ひげのない者は手当たり次第に殺され、宮殿は血の海となる。十常侍は幼い帝と弟の陳留王を連れて逃げたが、追い詰められ、河に身を投げた。
夜の闇を帝と陳留王はさまよった。ふたりを見つけたのが、折しも洛陽に迫っていた董卓の軍である。帝は怯えて口もきけない。だが九歳の陳留王は堂々と董卓に問うた。「汝は天子を守りに来たか、奪いに来たか」。董卓はこの聡明な少年に目をつけた。
都に入った董卓は、何進の兵を吸収して一気に膨れ上がった。そして公卿を集めて言い放つ。「いまの帝は暗弱。陳留王を帝に立てる」。并州刺史の丁原が声を上げて反対したが、その背後には義理の息子・呂布が方天画戟を手に立っている。董卓はこの猛将をひと目で欲した。
董卓の部下・李粛が赤兎馬と黄金を手に呂布のもとを訪ねる。呂布は欲に目がくらみ、その夜、丁原の寝所に押し入って首を取った。そして董卓の義子となる。
呂布を得た董卓は、もう誰にも止められない。幼い帝は廃され、陳留王が帝位についた。これが献帝である。朝廷の反対派は次々と殺され、董卓は相国を名乗った。曹操は董卓暗殺を試みるが失敗し、七星の宝刀を献上すると偽ってその場を逃れ、都を脱出する。漢の都は、いまや一人の暴君のものになった。