三三国志 英雄図鑑
蜀蜀の若手武将

関興かんこう 字・安国

父の刀を取り戻した、北伐の若き双璧

生没年不詳#関羽の子#若手#北伐#義兄弟
統率武力知力政治魅力7886605072

人物

関羽の次男。父が呉に殺されたとき成都にいて、訃報を聞いて気を失うほど嘆いた。劉備が夷陵に出陣すると、父の仇を討つべく従軍し、張飛の子張苞と先鋒を争って喧嘩になる。劉備は二人を義兄弟とし、年長の張苞を兄、関興を弟とした。夷陵では父の仇のひとり潘璋を追い、山中の祠で父の霊に導かれて潘璋を討ち、奪われた青龍偃月刀を取り戻す。諸葛亮の北伐では張苞とともに若手の双璧として活躍し、魏の猛将を幾人も討ち取った。しかし張苞が落馬がもとで死に、関興自身も北伐の途上で病に倒れる。訃報を聞いた諸葛亮は「忠臣の子がみな早世する」と号泣した。父譲りの武勇と、親友との絆で読者に愛される武将である。

名場面

1

張苞との義兄弟

夷陵への出陣に際し、関興と張苞はどちらが先鋒かで譲らず、ついには陣前で武芸を競った。弓も槍も互角。劉備は「二人の父は桃園で義兄弟となった。子も兄弟であれ」と諭し、一歳年上の張苞を兄とさせた。二人は父たちの名を汚さぬと誓い、以後、北伐の戦場では常に並んで先陣を切った。

2

父の霊、潘璋を討つ

夷陵で、関興は父を捕らえた潘璋を見つけて追った。山中で日が暮れ、一軒の家に宿を借りると、そこには関羽の像が祀られていた。夜更けに潘璋が同じ家に逃げ込んでくる。関興が刀を抜くと、潘璋の前に関羽の霊が現れ、潘璋は腰を抜かした。関興は潘璋を斬り、父の青龍偃月刀を奪い返して祠に拝礼した。

3

若き双璧の活躍

第一次北伐で、関興と張苞は魏軍の後方を撹乱し、箕谷では敵将を討ち取り、諸葛亮の空城の計の際も退却する司馬懿を追い討ちして魏軍を混乱させた。諸葛亮は二人を「蜀の未来」と頼み、重要な局面には必ず彼らを送った。だが張苞が死に、関興もまた病に倒れ、北伐は若い力を次々と失っていく。

「父の無念を晴らさずして、何の顔あって蜀に帰れようか」

関興

正史ではどうだった?

正史の関興は関羽の跡を継いで侍中・中監軍となり、諸葛亮に才を認められたが、二十歳そこそこで早世した。夷陵の戦いへの従軍、潘璋を斬ったこと、北伐での活躍はすべて演義の創作である。潘璋は実際には二三四年まで生きている。