三三国志 英雄図鑑
呉孫権の妹、劉備の妻

孫尚香そんしょうこう

侍女に武器を持たせた、弓腰姫と呼ばれた姫君

生没年不詳#女性#弓腰姫#政略結婚
統率武力知力政治魅力6276705886

人物

孫尚香は孫堅の娘、孫策と孫権の妹である。幼いころから武芸を好み、侍女たちにも刀や弓を持たせて部屋に並ばせたため、人々は「弓腰姫」と呼んで恐れた。演義では、周瑜が荊州を取り返すため彼女を餌にして劉備を呉におびき寄せ、人質にしようと企む。だが諸葛亮の三つの錦嚢の策と、母の呉国太が劉備の人物を気に入ったことで、偽りの縁談は本物の婚礼となった。周瑜は「夫人を賠って兵を折る」結果となる。孫尚香は年の離れた劉備を夫として敬い、呉を脱出する際には追っ手の将を自ら叱りつけて追い返す気丈さを見せた。しかし劉備の入蜀中、孫権の使いに呼び戻され、幼い劉禅を連れ帰ろうとして趙雲と張飛に阻まれる。それきり二人は会うことがなかった。演義では、夷陵で劉備が死んだという誤報を聞いて長江に身を投げたと描かれる。

名場面

1

武器だらけの新房

婚礼の夜、劉備が新婦の部屋に通されると、左右にずらりと刀や槍が並び、侍女たちが剣を帯びて立っていた。劉備は青くなって立ちすくむ。老女が笑って「姫様は幼いころから武芸がお好きで、これはいつものことです」と告げ、孫尚香も「半生を戦場で過ごした将軍が、刀を怖がるのですか」とからかった。武器はすぐに片づけられた。年の離れた英雄と武芸好きの姫君の、なんとも奇妙で楽しい初夜の一幕である。

2

追っ手を叱り飛ばす

劉備が呉から脱出したと知った周瑜は、徐盛と丁奉に追わせた。追いつかれた劉備は青ざめたが、孫尚香は車の帘を上げ、追っ手の将を正面から見据えた。「兄上はわたしを嫁がせておきながら、周瑜はわたしの夫を捕らえようというのか。お前たちは周瑜の家来か、孫家の家来か」。徐盛も丁奉も姫君の剣幕に押され、剣を納めて道を開けた。周瑜の策は、この姫君の一喝によって崩れたのである。

3

長江に身を投げる

演義の終盤、呉に戻っていた孫尚香のもとに、夷陵で劉備が敗れて死んだという噂が届く。真偽を確かめるすべもない。姫君は車を長江の岸に向かわせ、西の方角を遠く望んで泣き、そのまま川へ身を投げたと描かれる。後世の人々は岸に祠を建てて彼女を祀り、「梟姫祠」と呼んだという。政略の駒として嫁ぎ、それでも夫を想い続けた姫の哀しい幕引きである。

「お前たちは周瑜の家来か、それとも孫家の家来か」

孫尚香

正史ではどうだった?

正史では「孫夫人」とだけ記され、孫尚香の名は後世の創作である。劉備への嫁入りは孫権側からの同盟強化であり、周瑜の計略ではない。劉禅を連れて呉へ帰ろうとして趙雲に阻まれた話は史実に近いが、長江への入水は演義の創作で、その後の消息は不明。