華佗かだ 字・元化
関羽の骨を削り、曹操の頭を開こうとした神医
人物
後漢末に実在した伝説の名医で、三国志の武将たちの傷を癒した人物である。麻沸散という麻酔薬で腹を開いて患部を切り取り、一月で治したと伝わる。五禽戯という体操を考案し、養生の道も説いた。演義では、周泰が孫権を守って全身に傷を負ったときに治療し、関羽が毒矢を受けたときには骨を削って毒を取り除いた。関羽は麻酔も縄も使わず、碁を打ちながら骨を削らせたという名場面である。晩年、頭痛に悩む曹操に呼ばれた華佗は「麻沸散を飲ませて斧で頭を割り、病の根を取り除く」と提案した。関羽を治療した医者であることを知る曹操は「わしを殺す気か」と疑い、華佗を投獄した。華佗は獄中で死に、彼の医書「青嚢書」は獄吏の妻に焼かれてしまった。神の腕を持ちながら、疑り深い権力者の前に散った医聖である。
名場面
関羽の骨を削る
樊城攻めで右腕に毒矢を受けた関羽のもとへ、小舟で華佗が訪ねてきた。「毒が骨に達しています。腕を柱にくくりつけ、目を布で覆い、肉を切り開いて骨を削らねばなりません」。関羽は笑って「柱も布もいらぬ」と答え、酒を飲みながら馬良と碁を打ち始めた。華佗が刀で骨を削る音が響き、血は盆に溢れ、周囲の者は顔を覆ったが、関羽は談笑をやめなかった。華佗は「将軍こそ天神だ」と感嘆し、礼金も受け取らずに去った。
曹操の頭を割る
頭痛に苦しむ曹操は、華歆の推挙で華佗を呼んだ。華佗は脈を取り、「病の根は頭の中にあります。麻沸散を飲んでいただき、斧で頭を割って風涎を取り除けば治ります」と告げた。曹操は顔色を変えた。「頭を割って生きていられる者がいるか。おぬしは関羽と親しかった。この機に仇を討つ気であろう」。華佗は獄につながれ、親切な獄吏に青嚢書を贈ったが、獄吏の妻が焼いてしまい、神医の術は永遠に失われた。
「これほどの患者は見たことがない。将軍こそ天神である」
正史ではどうだった?
華佗は実在の名医で、正史にも麻酔を用いた外科手術や五禽戯の記録がある。曹操に召し抱えられたが、妻の病と偽って帰郷したことで怒りを買い、獄死したのは史実である。関羽の骨を削った話は正史にもあるが、医者の名は記されておらず、華佗はその数年前に死んでいる。演義が二つを結びつけた。