顔良がんりょう
曹操の猛将を一蹴し、関羽の一太刀に散った河北の剛勇
人物
袁紹配下の猛将で、文醜と並んで河北の双璧とうたわれた男である。官渡の戦いの序盤、袁紹は顔良を先鋒として白馬に向かわせた。顔良は十万の兵で白馬を包囲し、曹操軍の宋憲を三合で、魏続を一合で斬り、曹操が誇る猛将徐晃をも二十合で退けた。曹操の陣は青ざめ、誰も出ようとしない。ここで程昱が「関羽なら勝てる」と進言し、曹操のもとに客将として身を寄せていた関羽が赤兎馬で出撃する。関羽は山の上から敵陣を見下ろし、「顔良など首に値札をつけて売られている土人形も同じ」と言い放つと、まっすぐ本陣に突っ込み、傘の下に立つ顔良を一太刀で斬って首を取り、悠々と帰ってきた。沮授は顔良の起用に「性急で一軍を任せられない」と反対していたが、袁紹は聞かなかった。
名場面
白馬の猛威
白馬の曹操軍に対し、顔良は十万の軍勢を山野に展開し、曹操でさえ「なんと見事な布陣か」と息を呑んだ。曹操が呂布の旧将宋憲を出すと三合で斬られ、魏続が仇を討とうと飛び出したが一合で両断された。曹操が頼みにする徐晃が大斧をふるって出たが、二十合で打ち負けて逃げ帰る。曹操軍の諸将は震え上がり、誰も目を合わせようとしなかった。顔良の名が天下に轟いた日である。
関羽の一太刀
程昱に「関羽でなければ勝てません」と言われた曹操は、しぶしぶ関羽を呼んだ。関羽は赤兎馬に乗って土山に登り、河北の陣を眺めて笑った。「あの傘の下に立つ者が顔良か。わたしには土人形に見える」。関羽が馬を飛ばすと、河北の兵は波のように左右へ割れた。顔良は関羽を見て何か言おうとしたが、赤兎馬の速さに言葉が間に合わず、青龍刀の一閃で首を落とされた。関羽は首を提げ、十万の敵を無人の野のように抜けて帰った。
「河北の顔良、ここにあり」と名乗りを上げたと伝わる
正史ではどうだった?
正史でも白馬で関羽に斬られて戦死した点は同じで、関羽は乱軍の中で顔良の首を取ったと記されている。ただし徐晃を打ち負かしたなどの下りは演義の脚色である。沮授が顔良を「性急で一軍を任せられない」と評したことは正史に見え、実際に曹操の囮にかかって討たれた。