張角ちょうかく
黄天を掲げ、漢の天下を根底から揺るがした教祖
人物
三国志の物語を開幕させる黄巾の乱の首領である。もとは試験に落ちた一介の書生であったが、山中で南華老仙と名乗る仙人から「太平要術」の書を授かり、風を呼び雨を降らせる術を身につけたと演義は語る。張角は太平道を開き、符水で病を治して民の信仰を集め、十数年のうちに信徒は数十万に膨れ上がった。「蒼天已に死す、黄天当に立つべし、歳は甲子に在り、天下大吉」の標語を掲げ、弟の張宝・張梁とともに黄色い頭巾を巻いた民衆を率いて漢王朝に反旗を翻す。劉備・関羽・張飛が義勇軍を結成して世に出たのも、曹操や孫堅が頭角を現したのも、この乱がきっかけである。しかし乱の最中に張角は病死し、弟たちも討たれて黄巾の主力は半年ほどで崩れた。張角が切り開いた混乱の中から、三国の英雄たちが立ち上がった。
名場面
南華老仙との出会い
試験に落ちて山で薬草を採っていた張角の前に、碧い瞳に若々しい顔をした老人が現れた。老人は張角を洞窟に導き、三巻の天書を授けて「これを学んで天に代わって民を救え。邪な心を起こせば必ず報いを受けるぞ」と告げて風とともに消えた。これが南華老仙である。張角は昼夜を分かたず書を学び、やがて風雨を呼ぶ術を身につけた。しかし老人の戒めを守れなかった彼は、天下を狙う野心に身を焼かれていく。
黄天当に立つべし
信徒が三十六方の組織に膨れ上がったとき、張角は弟たちに告げた。「天下で最も得がたいものは民心である。今やその民心は我らにある。この機を逃せば天はもう二度と味方せぬ」。彼は自ら天公将軍を名乗り、張宝を地公将軍、張梁を人公将軍とし、信徒に黄色い頭巾を巻かせて一斉に蜂起させた。各地の役所の門には「甲子」の二字が白く記され、四、五十万の民が武器を取った。漢王朝が土台から揺らいだ瞬間である。
「蒼天已に死す、黄天当に立つべし」
正史ではどうだった?
正史では太平道の教祖として病気治しで信徒を集め、各地で一斉に蜂起したが、乱の年のうちに病死したことは同じである。南華老仙から天書を授かる話や、戦場で風雨や妖術を使う下りは演義の創作で、正史では張角自身が戦場で術を使った記録はない。黄巾の残党はその後も各地で長く活動した。