三三国志 英雄図鑑
蜀蜀の大将軍

蒋琬しょうえん 字・公琰

孔明が選んだ後継者、動じぬ社稷の器

?〜246年#丞相の後継#内政#度量#安定
統率武力知力政治魅力7235829378

人物

零陵湘郷の人。劉備が荊州を領した頃に仕え、入蜀後は広都県の長に任じられた。ところが政務を顧みず酒ばかり飲んでいると劉備に咎められ、処刑されかけたところを諸葛亮が「蒋琬は社稷の器で、百里の才ではない」とかばって救った。以後、丞相府に入って諸葛亮の留守を預かり、北伐の軍に兵糧と兵員を絶やさず送り続ける。諸葛亮は密かに劉禅に「私に万一のことがあれば、後事は蒋琬に」と上奏していた。諸葛亮の死後、大将軍・録尚書事となって国政を執り、動揺する国内を、慌てず騒がず、従来どおりの振る舞いで落ち着かせた。人を責めず、悪口を言われても顔色を変えない度量の持ち主で、「諸葛亮の後継者」の名に恥じない安定した治世を築いた。

名場面

1

社稷の器

広都県の長だった蒋琬は、劉備が視察に来たとき酒に酔って政務を放り出していた。激怒した劉備は処刑を命じる。諸葛亮が急ぎ進み出て「蒋琬は国家を担う器であって、小さな県を治めるために生まれた者ではありません。政治は民を安んじるのが根本で、見てくれを飾ることではない」と弁じた。劉備は怒りを収め、蒋琬は免職だけで済んだ。

2

後事を託される

五丈原で病の床にあった諸葛亮に、劉禅の使者李福が尋ねた。「丞相に万一のことがあれば、誰に大事を任せればよいか」。諸葛亮は即答した。「蒋琬がよい」。「その次は」。「費禕がよい」。さらに「その次は」と問うと、諸葛亮はもう答えなかった。かくして蜀の政治は、諸葛亮が選んだ二人の手に順に委ねられることとなる。

3

顔色を変えぬ度量

諸葛亮が亡くなると、朝廷は不安に満ちた。蒋琬は悲しみを見せず、喜びも見せず、平常どおりに振る舞った。部下の楊戯が返事もしない無礼を働いても、「人の心はそれぞれ。わたしに逆らわぬために心にもないことを言うほうがよくない」と笑って許す。やがて人々は「この人なら大丈夫だ」と安心し、国は揺るがなかった。

「蒋琬は社稷の器なり、百里の才にあらず」(諸葛亮が蒋琬を評した言葉)

蒋琬

正史ではどうだった?

正史における蒋琬は、諸葛亮の後継者として大将軍・大司馬まで昇り、漢中に駐屯して魏に備えた。酒で処刑されかけた逸話も、諸葛亮が後事を託した問答も正史に見える。水路から魏を攻める計画を立てたが実現せず、二四六年に病没。演義では姜維の北伐の脇役として描かれる程度だ。